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飯塚毅会計事務所を創設-2脱税志向の強い関与先を解約昭和37年当時の飯塚毅博士 (写真出典:TKC全国会30周年記念誌『変革に挑戦する会計人集団』16頁) 「業務の水準」として、「当事務所の業務は、法廷対抗力の具備をもって、その許容水準とする。この水準は、 理想として理解されてはいけない。この水準は、現実の業務の最低条件であり、当事務所に於いて作成される一切の文書は、絶対無条件に、この水準に合致しなければならない」とし、「この水準を故意に逸脱及至破壊せんとした者は、職階及び職歴の如何を問わず、職務上の反逆者として取り扱われる」と厳しい姿勢で臨んでいる。 また、「生産の量的限界」として、「当事務所の生産は、常に拡大生産過程にあることをもって鉄則とする。 拡大の年間最低限界を全事務所を通じて50社とする」と定めている。 年間50社以上の拡大方針が実践される中、結果として「好ましからざる関与先」が減少していった。「好ましからざる関与先」の条件は次の3つだった。
以上の3点が改善される見通しのない関与先は、事務所から文書で解約通知を出すこととした。その結果、相当数の関与先が消えていくことになった。 非違・誤謬を許さない体制飯塚毅事務所では、法に違反することがいささかもないようにとの配慮から「税理士法の遵守に関する報告書」を、 毎月1回、全職員が飯塚所長宛に提出していた。 一般の納税者は税務署等から調査を受けた場合、しばしば自己保全のため無知を装い、その法的責任を会計事務所に転嫁する傾向をもちやすい。また、税務当局は関与先の側から先に証拠固めを試みようとする。だから会計事務所は常に冤罪の脅威にさらされているのだと、飯塚所長は考えた。 飯塚毅会計事務所の職員の保持する身分証明書には、脱税指導などをした場合は、直ちに解雇されると明記されていた。 このように飯塚毅会計事務所は、法令遵守に厳格な姿勢で臨む、きわめて法意識の高い会計事務所だった。 | |||||||||||