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飯塚毅博士と私-6高貴で強い精神性富士通(株)名誉会長 山本卓眞
人生の節々には心に残る人々と言葉があります。私にとっては終戦時の満州で、部隊長の別れの訓示、学生時代、尾高朝雄教授から浅学浅慮、妄動の戒め、会社員になって、傑出した上司、同僚の、実業に即した苦心の滲む教訓などです。飯塚毅さんも正しくそのお一人で、お客様であると共に人生の先輩として、強烈な印象と将来への使命感を私どもに与え、彼岸に渡ってしまわれました。 飯塚さんがTKCに残された第1のものは「会計事務所の職域防衛と運命打開のため」に象徴される経営哲学と言えましょう。第2にはわが国最大級の職業会計人集団を創設され、会計人の揺るぎ無き基盤を創られた経営実績です。業界は異なりますが、企業経営に携わった者の1人として「敬服」の一語に尽きます。 昭和43年、富士通の大型コンピュータが栃木県計算センターに採用されて以来、TKCは一貫して富士通ユーザーですが、最大かつ最良のお客様です。最良とは情報システムを厳しく最大限に活用して効率を追究される過程で富士通も大いに鍛えられたことを意味します。飯塚さんのように、国産を育ててやろうと言う方々のお蔭で今日の富士通があることを忘れてはならず、感謝あるのみです。 しかし飯塚さんはドイツのDATEV社との親交に見られるようにむしろ国際人で、事実同社の富士通大型コンピュータ採用には強力なご支援を頂きました。これまた私どもの忘れ得ぬことで、改めてお礼申し上げます。 飯塚さんの思い出にはビジネス関係だけでは納まりきれぬものがあります。明治、大正前期生まれの経営者に見られる強靭性、高杉良さんの『不撓不屈』(新潮社)で知った当局との熾烈な闘いと勝利、仏教的な悟性、求道者の風格等、一言で表現すれば高貴で強い精神性であろうかと思います。(飯塚毅先生追悼集『自利トハ利他ヲイフ』より。肩書きは2005年7月当時) <以上> | |||||||||||||