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飯塚毅博士と私

昨夏の大蔵省人事は「国内、国際問題山積の為、現体制の骨格を維持するという方針から、局長級以上の移動は小幅」と新聞は報じました。その中で、新主税局長に東京国税局長から水野さんという本省のエース交代がひときわ注目を集めました。主税局は、今秋大詰めを迎える税制抜本改革の、いわば参謀本部。水野主税局長の舵取りの手腕が期待されています。
 その任や重く、超多忙な水野さんを当対談のゲストにお迎えできたことは望外の喜びです。
 大型間接税にせよ、マル優問題にせよ、国民が固唾を飲んで見守っている極めて微妙な段階ですが、できるだけ率直なご発言をお願いします。
 “税界の御意見番”飯塚毅TKC全国会会長も、この好機会に思いのたけを吐露されることと思います。(木場康治・本誌編集主幹の挨拶より)

国家百年の計-1
今こそ確立せよ日本の税制

対談者(敬称略・順不同)
 水野  勝(大蔵省主税局長)
 飯塚  毅(TKC全国会会長・公認会計士・税理士)
 ※肩書きや発言内容は対談当時のまま掲載しています。

(みずの・まさる) 昭和7年、静岡県に生まれる。29年、国家公務員試験上級職(法律・行政)合格。30年。東京大学法学部卒業と同時に大蔵省主税局調査課に入省。32年近畿財務局理材部、33年福岡国税局調査査察部、37年館林税務署長、38年熊本国税局総務課長、39年国税庁災官官房会計課課長補佐、41年大蔵省主税局国際租税課課長補佐、42年同局総務課課長補佐、47年関東信越国税局間税部長48年国税庁長官官房参事官、49年大蔵省主税局主税企画官。50年同局税制第三課長、54年同局総務課長、56年大臣官房審議官(主税局担当)、59年東京国税局長を経て、60年大蔵省主税局長に就任。

悪戦苦闘の10年

本誌水野さんは、「大型間接税」問題で集中砲火を浴びておられるようですが(笑)。

水野昨今の議論は「初めに間接税ありき」という感じですが、私どもはまず間接税をと考えたわけではないのです。今の税制の柱は所得税です。所得税は税金の4割を占め、納税者も4,000万人で、1番ウェイトが高い。

その所得税を何とかしなければならない。また、法人税も間接税も何とかしなければならない。とともに、所得税、法人税、相続税をある程度減税する必要がある。その財源をどこからもってくるか、ということになって、その候補としても間接税が浮上してくるのです。

現在の間接税はどんどんウエイトが下がっています。それを合理化し、ある程度ウエイトも増やす、ということです。

法人税も間接税もそれぞれ大事ですが、基本は何といっても所得税。その所得税を合理的なものにして、税制への信頼をつなぐ、それが最大の眼目です。

飯塚そう、税制への信頼が何よりも大切ですね。

本誌ではまず水野局長から、最近の日本の財政状況と主税当局の対応をかいつまんでお話し頂き、それから今の話に戻って下さい。

水野昭和50年代からの10年間は、主税局にとっては悪戦苦闘の10年でした。

50年に当時としては大変大きな税収の見込み違いがあり、年度途中で3兆8,000億円という穴があいたのです。

飯塚48年の第1次オイルショックで企業は当時、減量作戦に必死でした。それが税収に現われたのですね。

水野ただでさえ不況なので、歳出を減らすことはできない。やむを得ず初めて赤字国債を発行しました。

飯塚大平さんが大蔵大臣の時でしたね。

水野そうです。これを早く減らしたい。その為には税の増収を図るしかない、と大平さんも頭を悩ませていました。それが54年に一般消費税として浮上、これで増収させて赤字国債を59年度までに解消したいという大目的が生まれました。当時は、それで何とかなると思われたのです。

そして、あの54年10月の総選挙です。この時、大平さんは総理大臣。結果は皆さんご承知の通りです。

飯塚正直に一般消費税による財政再建を民意に問うたのが裏目に出て、自民党は過半数ギリギリ。そこで、大平さんは捲土重来を図って55年の総選挙となったが、非命に倒れ、同情票に支えられて自民党大勝。総理大臣は鈴木善幸さんに……。

水野そんなことから「一般消費税はダメだ」ということになり、しかも、56年にはまたまた税収の大見込み違い。

飯塚第2次石油ショックの後遺症でね。

水野57年は、なんと6兆1,000億円の見込み違い。いよいよ赤字国債がふくらみました。

こうしたことを顧みて、赤字国債を減らすには歳出を削減、つまり行財政改革しかない。税によってそれを減らすのは次の段階だということになりました。

飯塚平均して実質成長率が10%もあった高度成長時代が長く続いたから、対応策が定まるのに試行錯誤があったわけですね。

水野「増税をやってみよう」というと、「いやダメだ」。「じゃあ利子課税とかの不公平税制を徹底的に洗い直そう」というので、グリーンカードを出したわけですが、これも世論に阻まれて棚上げ。

そういう財政事情なので、所得税は40年代までは毎年減税していたのですが、50年代に入ってからは、52年を最後に1回もできませんでした。

ところが、59年に「所得税減税は絶対にやる」という政治的要請があり………。

本誌中曽根政権になった時ですね。

水野しかし、所得税減税をするといっても肝心の財源がない。結局、法人税、酒税と物品税をかき集めて補填しました。

飯塚その結果、法人税は世界一高い税率になり、酒税の方は焼酎ブームをあおっただけでかえって減収に(笑)。

水野「こんなつじつま合わせばかりやっていてはダメだ」との反省が、今度の「税制抜本改正」につながっています。

国債はどんどんふくれて、現在の残高は140兆円。赤字国債を今年も5兆円出しています。

しかし、現時点では、まだ増税でこれを消してゆくという状況ではありません。あくまで行財政改革でゆくというのが基本です。

だから「税制抜本改正」は、問題点を洗い直して、税制に対する国民の信頼をつないでゆくというのが眼目なのです。

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