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飯塚毅博士と私

我が道を征く-8
−勝者の論理−

生涯の生きがい

飯塚これは実にいいお話ですね。経営者の立場からいってまったく同感です。

ところで、先生はいま、少年野球の指導を非常に熱心にやっておられますけれども、これはどういう動機からお始めになったわけですか。

川上これはですね。私が野球一筋の人生を過ごしてこれましたのも、結局はファンの皆さんの恩恵をいただいたからなんですね。それで私がユニホームを脱ぎまして、その恩恵をどういう形でお返ししようかと考えましたときに、少年野球というものが思い浮かんだわけです。それでこれを生涯の仕事にしようと決めたんです。私の指導方針は、少年野球というスポーツを少年の教育材料と見立てて、野球のもっているチーム・ワークということ、つまり自分勝手なことをしない、お互いに助け合うということを技術を教えるかたわら教えていく。と同時に、野球はスポーツですから練習をしなければ上手になりません。また団体で行動するわけですから規律をしっかり守らなければいけません。そういう点で、子供にはつらい面も出てきます。それに耐えてやっていくんだという強い意志と体力を育成することに重点を置いているんです。

飯塚なるほど。すばらしいことだ。

川上これによって、上手な選手を育てようとか、勝つチームを作ろうとか、将来のプロ野球選手の卵を育てようなどとは決して考えていません。目標はあくまでも、野球を通じて立派な子供をつくり、そしてその子供たちが成長して、少年時代を振り返ってみたとき、しみじみと野球をやっていてよかったと思えるような少年野球を育てたいわけです。

そういうことで、いま3月から11月までの日曜と祭日はすべて少年野球の指導に当てまして、全国を廻っています。年間で40ヵ所ぐらい廻ります。一方、テレビでの野球解説などもウィーク・デーにやっておりますので、どこに行っていても野球の実況は必ず見ますし、スポーツ紙も必ず読んで情報を収集しておかなければなりません。

飯塚実は私も、会計人の同志が北海道の稚内から南は石垣島まで、全国におりますのでやはり年に40ヵ所ほど遊説して廻るんですよ。私も先生と同じような使命感を持っておりまして、われわれ会計人も職業を通して生かされているんだから、その恩恵を世の中に返していくんだという精神、言うなれば「自利利他」の精神を持たなければいかんと思っているわけです。

川上そうですか。大変なことをやっておられるんですね。私も稚内にも行きましたし、南は宮古島まで行きました。

飯塚そうしますと、もうずいぶん廻っておられるでしょう。

川上今までに340ヵ所くらい歩いております。それで教えた子供たちは、1ヵ所で大体100人くらいの子供が来ておりますからもう3万5,000人くらいになりますね。またそれを1,000人から2,000人くらいの人たちがスタンドで見ておりますから、私の考え方を聞いてくださる方は5〜60万人はいると思います。

飯塚先生が少年野球を通して人格の陶冶というところに着眼されたという点は、すごいですな。

川上これを自分の生涯の仕事としてやっていこうと思っているんです。

飯塚漫漫たる生きがいを感じますでしょ。

川上本当に生きがいを感じますよ。それはね、「さあ、これから少年野球を開きますよ」と言って立ち上がりますと、さーっと子供の視線を感じますもの。その視線には、川上さんにちょっと手を握ってもらって、バットの振り方を教えてもらうと、もうすぐに打てるようになるんじゃないか、魔法の野球を教えてくれるんじゃないかという期待感が込められているんですね。決してそんなものではないんですが、子供たちの目をパッと見ますとそんなふうに感ずるんです。ですから、私自身も一生懸命やらなければいかんなと思います。

子供というのは本当に白紙ですからね。教えただけ入っていきますから。砂場に水を入れるのと同じです。大人ですと、気に合わんと反発してきますけれども、子供はそのまま吸収してくれますから、こちらも心して、正しいことを、吸収させてやらなければいけないと思います。こちらも、子供が吸収しやすいような話し方、題材の選び方を工夫するわけです。これは非常に大切なことですね。

飯塚子供たちにとってみれば、オレは少年時代に川上哲治という大打者、打撃の神様に直接教わったんだということは、大変な誇りでもあるし、財産になるでしょうからね。

川上飯塚先生が先程も話されましたように、立正大学の先生から自分はこうしたんだよと教えられたことが人生の転機になったと言われましたが、私たちも少年野球を指導していく中で、「きみ、なかなかうまいぞ」「いい打ち方をしているじゃないか」というようなひと言が、その少年をどれだけ発奮させるかわかりません。これは私たちは気がつきませんが、本人がきっとそれをプラスにして、人生を乗り切っていく人が何人かいると思いますね。やっぱり、いいところを見い出してあげて、自信を持たすような指導法をとらなければいかんと思います。

子供は、やはり“褒め育て”でございますからね。そうしますと、それが頭の中に残りますし、自分が自信を持ち、やる気が出てくれば、より一層自分を推進していってくれます。ですから、育て方としては褒め育てがいちばんいい方法ではないでしょうか。

飯塚先生は仏教にも関係された方ですから、すでにご存知のことと思いますが、釈迦の直説といわれる「阿含経」という教典の中に、「兄弟よ、きみたちは自分の同輩の脚下を合掌できるか」という言葉がありますけれども、先生はまさに、何人ものご自分の教え子たちに合掌しているような感じを受けるんです。例えば、長嶋さんの取扱いにしても、王さんの扱い方にしても、またその他の人たちに対しても、先生は謙虚に合掌しながら書かれているという印象を受けるんですよ。これがやはり釈迦の心だと思う。

川上私も禅のほうの教典で読みましたが、釈尊が亡くなるときに、人に頼るな、自己を信頼しろ、依頼心を起こすなというのが最後の遺言だったそうですね。

飯塚その通りです。これは中村元という東大のインド哲学の教授が、インド古代の言葉から直接日本語に翻訳して、それを書いておられます。立派なことです。

川上立派ですね。

飯塚先生は空海の書には何か接したことはございますか。

川上いや、私は知りません。

飯塚これは私見でございますが、日本の宗教家の中では、やはり空海がナンバーワンだという感じをもっているんです。

川上そうですか。それじゃ私も一度、空海を読んでみましょう。

飯塚ところで、最後に1つ先生にお聞きしたいのですが、いまプロ野球の球団の経営状態というのはどうなんですか。

川上いまパ・リーグの球団はほとんどが赤字です。プロ野球というのは、大体年間90万人の観客動員数がペイラインだといわれます。ところが、パ・リーグの球団はほとんどそこまでいっていません。セ・リーグの方は大体120万人から150万人、巨人軍の場合は280万人を動員していますから、各球団とも黒字なんです。しかし、セ・リーグもこれで満足してもらっては困りますが、パ・リーグの人たちも、どうしたら黒字に転換することができるかということを真剣に考えて経営努力をして欲しいと思います。そうすることによって、野球ももっと向上するでしょうし、発展の軌道に乗っていくだろうという気がいたします。先程も言いましたように、現場の方は非常によくやっていますし、いい方向に進んでいると思いますが、ここらへんで経営をされている人たちが、本気になって努力すべきときに来ているのではないかと思います。ドラフト制なんかは、経営努力をしなくても運よくクジに当たればいい選手が入ってくるし、チームを強化できるわけですから、これじゃダメだと思います。私は、現場よりもむしろ経営陣の奮起に期待したいです。

飯塚なるほど。さすがですね。先生を評して野村證券相談役の瀬川美能留さんがおっしゃっているように、まさに「人の3倍努力して、どろんこの中からはい上がってきた“本物”の存在感と、日本のプロ野球の前途を真剣に考える気迫が、世人を知らず知らず威圧するだけだ」という言葉は、実に正鵠を得ていると思います。きょうは本当にいい話をありがとうございました。

川上いえ、こちらこそ感謝いたします。

(編集主幹・木場康治)
(VANGUARD 1982年4月号より転載)

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