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(写真出典:飯塚毅先生追悼集『自利トハ利他ヲイフ』386頁)
漢方-3
これからの医療文化
日本の漢方の3つの考え方
丁一番大事な点は「命には限りがある」という認識です。中国では例の神仙思想の伝統で未来永劫に生きたいという欲求が強かったでしょう、秦の始皇帝以来……。
飯塚そう。あの現実的な中国人が不老長寿という途方もない幻想を抱いたのは不思議ですね。
丁もう1つは、生命の状態には中庸が大切だ。あまり元気過ぎてもいけないという認識。腹8分目の考え方ですね。
そしてもう1つは生命の状態は個人によってばらつきがある。個性があるという認識。
飯塚なるほど。西洋医学の考え方とは対蹠的ですね。
丁現代医学――西洋医学はばらつきを認めません。ある薬を与えると全員に効くという前提に立っている。100人に与えて40人しか効かなければ、それは薬とはいえないと。一方、漢方は薬に対する反応は人によって違うという考え方です。
お酒を飲んだ時の反応を考えるとよく分かるでしょう。陽気になる人もいるし悪酔いする人もいる。だけどお酒に変わりはない。
飯塚その通り。
丁抗生物質の投与で患者が死ぬことがありますね。すると西洋医学ではその人は特異体質だと考える。いわば患者が悪者になるわけです。そういうことを言う医学は、漢方の立場からすると未熟―― immature ――と考えられます。
飯塚immature。うまい表現ですね。
丁西洋医学は漢方的な考えを取り入れて発達しなければいけない、というのが日本の漢方の考えです。どちらがいいとか悪いとか言うのでなく……。
飯塚それは mature(成熟)した考えです(笑)。
丁日本の医学は世界的に見てユニークなレベルにありますが、それには漢方が大きな役割を果たしています。
本誌例えばドイツでは漢方をやっていないのですか。
丁昔は漢方に近い治療をしていました。西洋薬は今はみな錠剤とか注射になっていますが、100年ちょっと前までは草根木皮だったんです。
飯塚どこから違って来たのですか。
丁向こうは「強くて速く効く」薬がいい薬という価値観を持っています。例えば阿片の場合、これはケシの実から液を採り固めたわけですが、もっと効くようにしようとさらに細かく抽出してアヘンチンキを作り、そこからモルヒネヘと段々と純粋なものを作りました。
最近ではモルヒネをさらに化学的に変換してもっと強いものが出来ています。
飯塚副作用のことは考えずに、どんどん純粋培養してゆくわけですね。
丁漢方では副作用がない薬、副作用を打ち消す薬がいい薬なんです。勿論、副作用のある薬は漢方にもありますよ。しかし、拠って立つ価値観が全く違うんです。
飯塚その方が立派ですね。
丁特に高齢化社会になると、そうした考え方で開発された薬が合うわけです。若い人の病気にはスパッと切れ味のよい薬の方が、すぐ結論が出ていいでしょうが、年をとって来ると1人の患者がいっぱい病気を背負っている。同じ病名でもその人がどういう生活を送って来たかによって状態が違います。
そうなると西洋医学では薬がやたら増えますね。それこそ馬に食わせるように薬を飲まなければいけない。
飯塚そうそう(笑)。
丁それに対して漢方は、病んでいるシステムを1つの処方で治そうとするわけですから、薬は少なくてすむ。高齢者にはこの方が合っています。
飯塚お話を伺うと、漢方の方がはるかに説得力がありますね。
丁中国では漢方は約2,000年くらい前には成立していました。当時は宗教が優位に立っていた時代です。加持祈祷ですね。医学はその一部だったのが独立したわけですが、そのきっかけは薬が効く、加持祈祷より効く、信じない人にも効くという事実でした。
医学が宗教から独立したのは中国が一番早かった。西洋では19世紀まで医学は宗教活動の1つの形態でした。だからホスピタルは教会の裏にあり、看護婦はシスターが兼ねていました。
飯塚なるほどね。
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