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東洋思想でいかに生きるかを問い直す-6環境問題で見直される東洋の知慧中村この環境問題という意外なことから東洋の道徳が見直されてくるのです。つまり大気汚染などが限りなく起こってくるのは、結局、人間が本能のおもむくままに勝手なことをして、環境を汚し、人に迷惑をかけているわけでしょう。ところが東洋には人に迷惑をかけてはいけないという道徳があります。昔は東西を通じていわれたことですがね。足(た)るを知るという知慧は日本にも韓国にも中国にもある。 飯塚「知足」――徳の1つとされてきましたね。最近は怪しくなっていますが。 中村そういう知慧をもういちど見直す時が来ています。自然の恩恵を自由に利用できるからといって、手当たり次第に使って環境を破壊してはいけません。 従来の西洋文明は、自然は人間に従属するもので、どのように料理してもよいという考えでした。だから自然に対抗する態度になったのは無理もありません。だが、そういう態度では人間自身も滅ぼすことになる。世界の人々がようやくそれに気づきました。そこで東洋思想に耳を傾けようということになって来たのです。 飯塚そう思ってあらためて見ると、東洋にはそれを救う知慧が脈々と伝わっています。 中村「天地、我と同根」とか「草木国土悉皆(しつかい)成仏」。これは禅の方でも申しますし謡曲にもあります。周りの自然を愛する気持ちが今後大事になってきます。お互いに地球人、いや地球生物であるという自覚ですね。 唯物主義の一面性が破綻を招いた本誌東欧の社会主義が崩壊し、資本主義というか自由市場経済に向かって動いています。マルクス主義は志なかばで崩壊しました。 中村唯物主義というのは所詮偏っていますね。客観的な物質世界が基本だという考えですが、それは人間が受け取り、知覚して初めて存在意義を持ってくるわけですから、唯物主義というのは一面的です。一面だけを強調したために破綻が起きたわけです。 飯塚そう。 中村バートランド・ラッセルが『西洋哲学史』で「西洋の思想には1つの偏見がある」と言っています。 古くはユダヤの思想。これは「やがて黄金時代が来る。それまでは迂余曲折があるが、待て。その間は何をしてもよい」と。それが近代思想に受け継がれへーゲルの国家主義になる。これは、「やがてプロイセンの国家による理想世界が実現する。それを待て。あとの者はそれに従属せよ」と。それをひっくり返しだのがマルクスです。「やがて労働者独裁の黄金時代が来る。それを待て」と訴えた。 飯塚弁証法的発展というやつですね。 中村それを別の形にしたのがナチスで、アウシュビッツの虐殺を引き起こした。考え方はみな同じです。ユダヤの思想―キリスト教―マルクス主義―ナチス。へーゲルもその間に入る。そういう考え方が破綻したわけです。つまり、放っておいてもやがて理想国家が来るという待望の思想は破綻し、胸に手を当てて、このままでいいかどうかを考え直そうという所へ今、来ているわけです。 | |||||||||||||